ワケワッカーメ

変わる事を恐れてはいけない(戒め)
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奏でる町の声

この町に足を踏み入れて4年以上経ちました。そろそろ5年目というところですが、未だこの町にあまり興味がありません。
いつまでも心が引越しできないようで、東北の魂を深いところにしまいすぎたようです。県はそこそこ好きですよ。
何もなさ過ぎるから何も思いようがないのかもしれない。殆ど住宅街なのですよ。
朝には駅に向かうサラリーマンと、近くに学校があるので登校風景をよく目にします。ゴミの回収に倉庫会社のラジオ体操も。
昼には買い物にいく奥さん達。早退したのかなぜか一人歩く高校生。おばあさんやおじいさんが散歩をしているのも見ます。
夕方には下校する学生に買い物帰りの奥さん達。開き始まる居酒屋。電灯が光り、夕暮れを知らせるメロディがこだまする。
夜には残業帰りのサラリーマンに、飲みの帰りの酔っ払い。何かを告げる救急車のサイレン。これから仕事に行く夜のお仕事の人々。
そしてまた朝が来る……こうして書いてみると日々のサイクルは何と言いますか、「美しさ」を感じますね。外観は美しくもないし、道は狭いし、建築工事が多い町だけれど、人々の生活という点では確かに「輝き」があるように感じます。住宅だらけだからこその「美しさ」が、確かにある。人々の営みを感じられるのです。
最初に興味がないと言いましたが、考えが少し改まりました。よく考えてみないと気が付かないのも少し寂しい気がしますが、この町は美しいです。家族の生活が反映され、人という生き物の鼓動が重なり、まるで町全体が一つの大きな家族のようです。この町にちょっと興味がわきました。
ひょっとしたら、元々興味がなければこんなに周りを見ていないかもしれませんね。

今日もまた子供の声が聞こえます。この町で育つ子は、どんな子になるのかなぁ。
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[ 2017/01/29 16:20 ] 日記 | TB(0) | CM(0)

マスク

マスクは嫌いだ。口を覆い隠すのは本音を隠しているような気がするからだ。笑いも怒りも伝えなければ伝わない。伝わらず駄目なことよりも伝わって駄目なことの方が救いがあると思う。

マスクは嫌いだ。鼻まで被せると紙の、或いは布の独特なにおいを嗅ぎ続けなければならないからだ。必死ににおいを嗅ぎ続け怯えて生きてきた。これ以上変なにおいは感じたくない。

マスクは嫌いだ。蓋をされたようで息苦しいからだ。どんな腐れた環境だって、今ある空気を吸いたくなる。蓋越しの空気よりは幾分も美味しいことだろう。

マスクは嫌いだ。声にフィルターがかかってしまうからだ。話は届かなければする意味がない。届かなければただの言葉にしかならない。届かない独り言に相手は要らない。

マスクは嫌いだ。つけてても風邪はひくし、つけなくても風邪をひかないからだ。あってもなくても変わらないのならば、存在自体が曖昧に浮ついてしまうから。

マスクは嫌いだ。
[ 2017/01/27 23:59 ] 日記 | TB(0) | CM(0)

受験の重要性と怠惰の危険性

友人の弟は無事高校受験を終え、志望校に行けるようである。人のことでも安堵してしまうのは過去の思い出か。
受験で学んだことはここで書いたので深くは触れないが、本気で挑むべき大舞台である。とりあえずで挑んでいいものではない。「運命を左右する」というのはあながち言い過ぎではない。高校受験から7、8年経つが、受験がなければ今の人生はなかったと感じて仕方がないためだ。
いい高校に入っていい大学に入っていい会社に入れと言っているわけではない。考え方としてはむしろ逆だ、いいところに行く必要は無いと思っている。人生は十人十色、学歴で決まるなら人間は格差というハンデを持って生まれては来ない。そんなものは負け犬とあざ笑うならば一つの道を歩けばいい、人間は何本もの道を歩いていけると思っている。その方が人間を謳歌していると胸をはれる。
高校入ったらつまらないとか先生が嫌だとか果てにはいじめられたなんてこともあるかもしれない。人生は何があるかわからない。「まさか自分が」という考えでは危ない、陥るのは驚くほど早く、疲弊するのは更に早い。
それでも希望はある。自分という存在が招いた事実は自分という存在が変えられる。何事にも原因があるために結果がある。受験成功に理由があるように、失敗にも理由があるのと同じだ。死があるのと同じく誕生があり、影があるのは光りがあるからだ。自分次第で人生は変わる。オレはそういう人を見てきた。また自分自身も変えてきたつもりだ。
そもそも受験の本質は一体なんだろうか。なぜ進学するのか。残念なことに中卒に甘い蜜を注ぐほど社会は甘くない。だから受験するのか。しかし、少しばかり的を得ていない気がする。
学は人生を豊かにする。オレはこちらの方が正しいように思う。学生のうちは分からない、「大人になると勉強したいと思うようになる」という感情。常に若くありたい人間の性か、青春の再生かと思っていた。それだけであれば本当に良かったのにと今にして感じている。学べるうちが花だと気付かぬ学生達。有り余る時間を余らせついに浪費する。そうならないように、学生は勉強という課題を押し付けられているのだと思う。学べる喜びを知ってほしい。「人生において絶対役に立たない」と決め付けた知識が役に立つことは往々にしてある。十数年で今後の何十年もの人生が分かるほど人間はできた生き物ではない。大人の説教と笑った子供が大人になっても笑っていられることを祈る。
最後に。受験はなぜ生半可な気持ちで挑むべきではないか。これからの人生をより良い人生にするためである。なぜ受験をするのか。これもまた同じである。全ては自分のため。自分の人生なのだから、自分が色を付けてやらなければならない。家族や友人は絵の具やパレットを用意してくれるのみである。
受かった人には心からの祝福を。残念ながら及ばなかった者にも祝福を送る。本気の本気で挑んで無理だったのならばそれはそうなる運命だったと言える。道は変わっていない、そう進むべくしてできた道である。恥じる必要は無いのだ。
どのような結果でも、かけがえないのない自分のために切磋琢磨して欲しい。そして支えてくれる者を愛してやればいい。これから受験を向かえる人も、最後まで歯を食い縛り続けて欲しい。
オレが何を言っても変わらないが、応援の念が指を動かしたに過ぎない散文である。
[ 2017/01/27 00:19 ] 日記 | TB(0) | CM(0)

見るより見られろ、謳われるより謳え

時計の針が刻み続けている一定のリズム。崩すことなんてできないからいつの間にか流されてる。
この世の中で自分が何をできるかなんて考える必要は無い。自分が何をしたいかで良い。将来の道を自分で立てる。なりたい自分をイメージできないなら人に聞いてみることも必要。夢を描く必要もない、所詮は絵空事に終わることの方が多い。
小さな一歩を刻み続ける。地道は辛いが確実な幸福への一歩。しっかりと踏んで明日へと進む。
人生をつまらないものにするかどうかは全て自分次第、嘆くより自分を見直せ。感性を叩き直せばいくらかマシになる。不幸せかどうかは死ぬ時に分かる。自ずと訪れる最後は笑顔で。
人に愛されなくても人を愛し認められなくても認め指へし折られても暖めてやる。誰も見てなくても必ず陽が照らしてる。
諦める時は潔く。どうしても無理な時にだけ謝って消える。背中だけで語れば善いも悪いも十分伝わる。
いつの間にか一人になればどうしてそうなったかを考える。繋がりは良いことばかりじゃない。時には孤独の選択も必要。手を繋いでいつまでも笑っていられるほど人生は平坦じゃない。茨道、山、谷、川、最後に握り続けた手が本当の幸せ。
踊れるうちに踊れ。見れるうちに見ろ。笑えるうちに笑え。
人生は儚いあみだくじ。一本の糸が切れたとき、お前の糸の切り口は綺麗か。自分が作った道は美しいか。愛する人に綺麗に見えればそれでいい。天国の仲間に笑顔で思い出話ができればそれでいい。
等身大で良いから本気で人生を燃やして欲しい。死んだ眼では何も見えないかもしれない、それでも自分だけは嫌でも見える。
縛られた人生も、縛りのない人生も、同じ人生だから。喜びにあふれる人生を送って欲しい。失ってからでは遅いから。
[ 2017/01/23 23:31 ] 一言 | TB(0) | CM(0)

最後に掴むもの

今でも覚えている。彼はオレの上司というには奇妙な響きで、先輩のような人だった。ある日一緒にチームを組むことになり、二人で作業を進めているうち、ごく自然な流れで彼の悩みへと話が進む。

「俺さ。今はこうしているけど、まだ色々悩んでるんだよね。彼女は地元だし、今の生活も大変だし……」

もっともだと思った。彼の背景を知っている。彼の人の善さをも知っている。

「○○君も大変だけど、俺もこうしてていいのかななんて思うこともあるんだよねぇ」

彼はまだまだ若かった。それ故に、選択の多さに感じるものが引っかかりを作っていたのかもしれない。

それでも、人は歯車を回すしかない。誰もが分かっている。分からないふりをしてすごしている。分かっている。それでも、オレは口を開いた。

「僕が言えることは一つです。○○さんがやって、後悔しないことをすれば良いと思います。例え後悔したとしても、しないでする後悔よりは幾分もましだと思います」

「そうだよねぇ。ごめんね、なんか大変なのに俺の愚痴なんて聞いてもらっちゃって」

人の愚痴を聞くのは嫌いじゃない。聞きすぎて耳が慣れているから、拒否反応は出ようもない。それよりも彼を応援したいと思う気持ちが大きかったので、口を開いた。彼に悩んで欲しくなかったから。

そして月日は流れた。チームも解散して大分経過している。そんなとき、風の噂が流れ込んできた。

結局彼は今も同じところで、同じことをしているらしい。誰もがそうするように、彼もまたそうしただけにすぎない。そこには何も不条理はないのだ。

ただ一つ。彼はそこでもっと立派になっていたのである。言葉に込めた想いは今でも変わっていない。後悔しないことをして欲しい。果たして彼の「今」がそうであるかは分からない。

ただ……前よりも幸せなのは確かだなと思った。
[ 2017/01/19 00:55 ] 一言 | TB(0) | CM(0)

深淵なる新年に持ちうる信念をかけ専念せよ

前回の記事でハッピーニューイヤーとか言ってるから新年の記事書いたっけ?なんて自分で思ってしまったじゃないか!マヌケめ!
というわけで新年あけましておめでとうございます。新年という字を打つのが苦手ですぐ深淵になりますnキー6回も押すんですよ。打ちかたが悪いだけ?
今年もよろしくお願いいたします。いつでも人々に感謝を。生きる喜びを。

今年は今の努力が実を結ばなくてはなりませんので願うことは人類の幸福を除きこれしかありません。初詣とか行ってないけど。

今年の抱負。
頑張るしかないよ。やることをやりながら上を見る。1度でも上を向く。進歩する。去年もそうしてきたけど、今年は一層だな。甘すぎるからね、一番の敵は自分ってわけ。

というわけで、よろしくお願いします。ペンスピナーとしては毎年変わらないのでもう書く必要ないかな的な。前述のとおり努力しないとなので新しく動く予定は今年もありません。

終わり。
[ 2017/01/15 01:13 ] 日記 | TB(0) | CM(0)
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