ワケワッカーメ

変わる事を恐れてはいけない(戒め)
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精神と快楽の安寧

いつか世界が明るくなった時、思い切り羽を伸ばそう。
それまでは地下深く、地上を眺めながら苦い汁を飲む。助け舟には乗っても、蜘蛛の糸は登らない。人間は時に良い話にも首を横に振る勇気が必要だと思うから。
脆さも弱さももたない者はいない。同時に、人は誰もが強さを持っている。
斜め上を向いて歩こう。
そして世界が明るくなった時、思い切り羽を伸ばそう。
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[ 2017/03/26 00:57 ] 日記 | TB(0) | CM(0)

少年bin卒業式の思い出

埼玉の重鎮です。
今日は思い出を書こうと思う。こういう思い出系は久々じゃない?最近意味不明な文とか愚痴だったし。

今回は小学校の卒業式の思い出。

小学生のときには卒業って何か分からなかった。何を卒業するのだろう。まるでチェッカーズのような心持でいた。そのときはチェッカーズなんて知らないんだけど、そういうのも含めてまだまだ未知のものが多かった。空間であったり、心であったり、環境であったり、たくさんのものを知らなかった。今でも知らないけど、それは勉強が足りないからであって、この頃の無知は完全なる純粋な無知。

小学校を抜けると僕は何になるのだろう。中学生だ。中学生って何だろう。姉の生活から浮かべた中学校像は、結構厳しいものだと思ってた。親父にも中学に入ったらこれ以上の遊びは許さないと言われていた。ただでさえ外に追い出されたり正座させられたり叩かれてたのに、もっと厳しくされるのかと。

卒業なんてしたくなかった。仲のいい友達がたくさんいた。心を許しあえる存在とは離れたくない。しかしその頃のオレは早く大人になりたいと思っていたので、卒業には期待と自信もあった。あたかも少年を終えるかのような気分でいたのだ。

小学校の中高年になると卒業式に出席する義務があったので、卒業式がどういうものかという疑問はない。悲しみと寂しさが歌を通じて校舎をコダマし、希望がそれを包み天を仰ぐ。去年におそらく人生最後であろう卒業式を迎えて今だから思うが、あの独特な空間は一枚の大作絵画に似ている。芸術を「体感する」というのはなかなかできる経験ではない。たまに経験できるのは役者くらいだろう。あの空間は忘れないでいたいと思う。美しさと同時に悲しさと喜びが同時に存在するのに、方向は一方向に向いているあの空間。

ちょっと脱線したが、卒業式に対する意識は大したものではなかった。無知であったから。オレを気に入ってくれていた先輩が卒業する式だけは今でも記憶にあるが、その程度だ。ただのイベントでしかない。退屈な祭りのようなものだった。
そして当日に向け式の練習を重ねるにつれて、式というものがオレにも分かってきた。あぁ、式というのは、「形式」の「式」という字を書いての通り、形式を取るしきたりのようなものなのだなと感じた。同時に、練習のある思い出作りのようなものだなとも思った。オレも保護者も友達も含めて、全員で思い出を共有する。この二つを勘付いてから、表面では決して出さないがひどくがっかりした記憶がある。卒業式って、オレ達の為に用意された送ってもらう為の場だと思っていたのに、とんでもない間違いだったのかと。オレ達の為に行われていることは人為的な思い出作りでしかないじゃないかと。そんなことをしてもらわなくても別にいいのにと。この頃のオレはまだ酷くひねくれていたのでそう思ったのだが、なんとも可愛げのないクソガキである。殴って眼を覚まさしてやりたい。
練習がなければ上手くいかないので、当然するべきだとは思うが、それは証書のスムーズな貰い方だけで良い。歌とメッセージは過剰な演出だと感じていた。歌は好きに歌わせて欲しかったし、メッセージは各代表が送辞と答辞を述べるだけで良い。他の来賓がくる必要も感じない。大人の事情に子供を挟むなとまで思った。

そんなんだから、卒業式は一層やりたくなかった。しかしオレはそのとき無自覚のセルフエスティームにより、成功はさせたいとも考えていた。オレが出る式で、失敗なんてありえない。やるからにはいいものにしたい。そういう心持でもあった。実際好きな奴らと作る空間なのだ、リハーサルは楽しかった。思い出の美化を差し引いても、だ。

実際に当日になると、ことは全て予定通り進んだ。結果、オレ達は晴れて「素晴らしき日」を向かえ、「素晴らしき仲間」と共に、「素晴らしき式」を終えた。面白くはなかった。悲しくもなかった。ただ、意外にも少しだけ、感動をした。
先生と親の為にも、申し分ない式にはできたのではないだろうか。子供なりの恩返しは、最高の喜びを与えてやることに限る。

しかし結局何を卒業したかは分からないまま卒業し、中学生になり人生の中でも最高かつ最悪の時期を迎えるのだが、これはまた別の話。
小学生のオレにとって卒業式は結局、通過点でしかなかった。田舎の小学校だし、どうせ中学校も顔ぶれが同じなのだ。ただそこに何百もの知らない顔が増えるくらいの差。
泣くやつはもちろんいた、男女共に。オレは泣けなかったので、そういう豊かな人を羨ましく思う。式で泣けるやつは、大抵いい奴だ。オレみたいにひねくれた考えがない。事実オレは気持ちは分かるが大げさじゃないかと感じていたから。今再び小学生に戻りやり直したら、泣いてしまうかもしれないが。

皆さんにとって小学生の卒業式とはどういったものであったろうか。もっと可愛げのある子供なのか、はたまたもっと酷いものであったのか。
想い出はやり直せない。その重みを知ってから、人は成長できるのだと思う。

終わり。やり直せないということは、裏を返せば良くも悪くも一定と言える。小学校、楽しかったな。今も楽しいけど。未来はもっと楽しいに違いない。
というかこれ、思い出話って言っていいのか。
[ 2017/03/12 03:59 ] 日記 | TB(0) | CM(0)

天まで

多分その時間にはかけないので今書いちゃいます。
6年目だそうです。
色々ありました。今も色々あります。今後も色々あるでしょう。頑張ろうの声はまだ聞こえていますか。自分の声でも良いのです、負けない心を持ちましょう。
辛さ、苦しさ、悲しさ、未練、数え切れない負の感情がどれだけ癒されたのでしょうか。癒えることの無い傷も、切り口が浅くなってくれていますでしょうか。
この命の輝きに無駄はありません。そして今生きているのは自分のためだけではありません。
人の悲しみも喜びも、全て背負って生きてやる。生きるということはそういうことなのだと思う。必要とされなくなっても、死にかけても、生きなくてはいけない。自分のため、人のため、未来のために。
捧げましょう。そして照らしましょう。
[ 2017/03/11 04:49 ] 日記 | TB(0) | CM(0)

不安定な情緒は漂う細い糸を見つけることができない

あれ?広告って2ヶ月だっけ?binです。
最近は割と平和に生きてますが反面精神が平和ではないですね。何故か焦燥にかられています。多分不安のはけ口がここしかないからだと思うんですけど(名推理)
友達とそんな話はしたくないからねぇ。
まぁそういうことです。何かをするためには犠牲を払うわけですね。ふーむ。
終わり。いつもとあんまり変わらないじゃないか(呆れ)
[ 2017/03/06 00:19 ] 一言 | TB(0) | CM(0)
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