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自分が何者で、何ができるかを問い続けろ
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新世界の神子

こんばんは、びんどるさの幸せってなんだっけのコーナーでございます。これから30分、あなたの目はあなたの体を離れて、この不思議な時間の中に入っていくのです。

1銭
心の豊かさと生活の豊かさはなかなかに思った通りの均衡を保たないものだ。心が豊かになるだけで生活も豊かになれば誰も何も不満はあるまい。貧しさの最たるは両者の極貧化であるが、豊かになりたい願望は消えることのない欲求、マズローの説いた自己実現理論を例に見るとその第1段階から続くといえる潜在的なものであり、人間である以上消して枯れることのない欲求である。この欲求が心を蝕むとすれば心の貧しさは簡単に出来上がることも不思議はない、しかし反対にそれが糧となり向上心を生み心の豊かさの助けになることも有りうる。詰まるところ本人の思い次第となってしまうのも否めないが、最貧を避けるために心のメリハリを付けれるよう努力は惜しまざるべきであろう。全ての欲求が満たされた人間はいないのであるから、今置かれた場所での幸福を目指すことで多少なりとも豊かな心ではいられるはずである。それがやがては生活の豊かさにも繋がる糸であるとすれば、貧しい心から繋がる糸より太いはずであるのだから。

2円
人は生まれる場所を選べない、故に環境によって育てられる。おかれた環境はまさに千差万別、どんなに似ていても各々に必ず相違点がある。人の出会いも環境によって生ずる縁であると言えよう、家族以外の集団に属したとき他人だった人間は次第に仲間となっていく。いつしか自分は自分の意思で歩く道を決めていくも、結局のところはそれも「その道へ進める環境」でしかない。しかしその環境は無限にある、色々な環境を旅する中で一人でも心を許せる仲間に出会えることは最上級の幸せであり、支えであり、糧である。その仲間を見つけることが出来たならばその手を離さずに旅をしたい。きっとその仲間も旅の中で自分を支えとしているはずである。

本日はこれまで。気力の続く限り書こうとしましたがもはや指を動かすのさえ億劫になってまいりました。
びんどるさの幸せってなんだっけ、また次回お会いしましょう。さようなら。

終わり。

結局のところ生活の質を決めるのは自分なんだよね、自分が楽しい人生を送れてると思うならそれで良し!では楽しい人生を送るためには?迷わない道があるなら行ってみたいね、そんなクソッタレな高みがあるならね。
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[ 2015/03/08 05:31 ] 日記 | TB(0) | CM(0)
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