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受験の重要性と怠惰の危険性

友人の弟は無事高校受験を終え、志望校に行けるようである。人のことでも安堵してしまうのは過去の思い出か。
受験で学んだことはここで書いたので深くは触れないが、本気で挑むべき大舞台である。とりあえずで挑んでいいものではない。「運命を左右する」というのはあながち言い過ぎではない。高校受験から7、8年経つが、受験がなければ今の人生はなかったと感じて仕方がないためだ。
いい高校に入っていい大学に入っていい会社に入れと言っているわけではない。考え方としてはむしろ逆だ、いいところに行く必要は無いと思っている。人生は十人十色、学歴で決まるなら人間は格差というハンデを持って生まれては来ない。そんなものは負け犬とあざ笑うならば一つの道を歩けばいい、人間は何本もの道を歩いていけると思っている。その方が人間を謳歌していると胸をはれる。
高校入ったらつまらないとか先生が嫌だとか果てにはいじめられたなんてこともあるかもしれない。人生は何があるかわからない。「まさか自分が」という考えでは危ない、陥るのは驚くほど早く、疲弊するのは更に早い。
それでも希望はある。自分という存在が招いた事実は自分という存在が変えられる。何事にも原因があるために結果がある。受験成功に理由があるように、失敗にも理由があるのと同じだ。死があるのと同じく誕生があり、影があるのは光りがあるからだ。自分次第で人生は変わる。オレはそういう人を見てきた。また自分自身も変えてきたつもりだ。
そもそも受験の本質は一体なんだろうか。なぜ進学するのか。残念なことに中卒に甘い蜜を注ぐほど社会は甘くない。だから受験するのか。しかし、少しばかり的を得ていない気がする。
学は人生を豊かにする。オレはこちらの方が正しいように思う。学生のうちは分からない、「大人になると勉強したいと思うようになる」という感情。常に若くありたい人間の性か、青春の再生かと思っていた。それだけであれば本当に良かったのにと今にして感じている。学べるうちが花だと気付かぬ学生達。有り余る時間を余らせついに浪費する。そうならないように、学生は勉強という課題を押し付けられているのだと思う。学べる喜びを知ってほしい。「人生において絶対役に立たない」と決め付けた知識が役に立つことは往々にしてある。十数年で今後の何十年もの人生が分かるほど人間はできた生き物ではない。大人の説教と笑った子供が大人になっても笑っていられることを祈る。
最後に。受験はなぜ生半可な気持ちで挑むべきではないか。これからの人生をより良い人生にするためである。なぜ受験をするのか。これもまた同じである。全ては自分のため。自分の人生なのだから、自分が色を付けてやらなければならない。家族や友人は絵の具やパレットを用意してくれるのみである。
受かった人には心からの祝福を。残念ながら及ばなかった者にも祝福を送る。本気の本気で挑んで無理だったのならばそれはそうなる運命だったと言える。道は変わっていない、そう進むべくしてできた道である。恥じる必要は無いのだ。
どのような結果でも、かけがえないのない自分のために切磋琢磨して欲しい。そして支えてくれる者を愛してやればいい。これから受験を向かえる人も、最後まで歯を食い縛り続けて欲しい。
オレが何を言っても変わらないが、応援の念が指を動かしたに過ぎない散文である。
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[ 2017/01/27 00:19 ] 日記 | TB(0) | CM(0)
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